● ○ 勘違い王国〜どうして誰も気づかないのか〜● ○ 

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「お客様、これでよろしいですか?鏡でご確認下さい」
そういいながら美容院の店員は大きな鏡を頭の後ろに持って来て後ろの様子も見せてくれた。


「…はい。いいです」
話を返した客の名前は夏木 葵(なつき あおい)だ。葵は真っ直ぐで真っ黒だった髪をくすんだ色合いの金茶色に変えてしまった。


美容院の店員はこぞって何の手入れらしい手入れもしていないのに美しい黒髪を生かした髪形にするべきだと声高に訴えたが葵は取り合わなかった。色を強く変えたのにも関わらず艶やかさは失われていない。



しかしに葵に取っては色が変わった事のみが大事な事だ。別にこの色がいいとか悪いとかではなく、何色でもいいから変えたかったのだ。今思い出しても胸が痛む。


自分がゲイである事は葵は早くから分かっていた。自分の視線はすべて男の人にいってしまう事も。そして好きになる人が全てノンケと言われる人達であり自分の思いが報われる事がないと言う事も。


だからといってその道の人ばかり集まる所に行こうとも思わなかった。自分の顔が綺麗でも美人でも無い事も、身長が低めで痩せてひょろひょろした身体つきである事も自覚している。下手したら十人並み以下だ。


葵を受け入れてくれるかもしれない場所でもこんなに取るに足らない容姿だから…拒絶されたらと思うと行く気にはなれなかった。


葵は男子校に通っている。そこで憧れる人ができた。ただ見ていられればそれでよかった。


でも…聞いてしまった。
彼が教室で友人と話しているのを…

「夏木ってさ〜なんかカラスみたいだよな」
彼がそう言うのが聞こえて葵は自分の心臓がはねるのがわかった。
「そうそう真っ黒で…すこしツリ目な感じがさ〜」
「学ランと合わせたら更にだよな。表情がないとこなんか特に!」
「言えてる!」
「今時あんなに黒いのって返って不自然だよな」
そう言って笑いあっている彼らをみて葵はショックで言葉もなかった。


しかも彼らは葵が部屋の中にいるにも関わらず言い合っていたのだ。声をひそめていたが


全部聞こえた。


髪の色を弄ってないとダメだなんて…自分になんの落ち度もない部分でばかにされるなんて…例え他の誰に言われても他の人にはそう見えるんだな位の認識しかしなかっただろうが…彼に…彼みたいになれたらと憧れていた…言われたのがなによりも葵にはショックだった。


そのまま美容院に行った。もう彼の事をなにも思わなくなっている自分に気が付いたが…まぁちょっとくらい自分を変えてもいいかという気にもなってきたので自分だったらしないような金茶色にした。茶髪ではなく。


自分の顔立ちにあっていないのは解ったが取り敢えずは満足した。美容院からでると何と無く嬉しいような気がして少し浮かれた気持ちで帰路についた。


昨日の雨の名残が残っていてあちこちに水溜まりがある。


最初はそれら全部をよけていたが途中で大きな道いっぱいの水溜まりがあった。勿論端っこを通れば靴を濡らさずに通れない事なかったが浅いみたいだしもし深くてもあとは家に帰るだけなのだからまぁいいかという気持ちになった。


水溜まりには昨日の雨が嘘のような晴れ渡った空が鏡のようにうつっていた。


その空に引き込まれるように足を踏み出す。ふわっとした感じを受け葵は慌てるより無重力というのはこんな感じだろうか…と全く違う思いを抱きながら水溜まりに一瞬で引き込まれた。




葵はしらない。




今日の空は晴れているように見えて雲が多かった事を…

水溜まりに映っていた空はこの世界のものではないという事も…



もう二度と葵がこの世界にもどって来れないように役割を終えた水溜まりが葵が引き込まれた場所に全て戻っていった事も…

 

 

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