● ○ 勘違い王国〜どうして誰も気づかないのか〜● ○ 

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ぴちゃっ

ぱしゃんっ



水の音がする。
足が冷たい。



ふっと葵が目を覚ました時にまず感じた事だ。頬に草と土の感触がする。何故だろうと考える。葵は確かにコンクリートとアスファルトばかりに囲まれた都会にいたはずだ。


緑なんて公園や道野片隅の雑草位しかない世界だったはず。もちろん街路樹や庭などに緑はあるが…こんな泉に森なんて葵がいた町にはなかったはずだ。


「何処?ここは…」
掠れた自分の声に葵は驚きながら力の入らない身体に鞭打って上半身を起こして回りを見渡した。


すると葵はこの森で倒れているのは自分一人だけだと思っていたのだが他にも人が倒れていた。その人は葵より体格はいいが華奢で木の幹にうずくまるようにして倒れている。


葵のいる位置からは頭しか見えない。顔は確認できないが色白な少年のようだ。


ただ…その髪の色がなんともいえなかった。


普通の感覚でいけば…取りあえず黒っぽいといえなくもないかもしれないが…黒以外の絵の具をとにかく混ぜたようにしか見えなかった。


少なく葵にはとても純粋に真っ黒には見えなかった。髪を染めに染めまくった後に黒を入れようとすると髪が痛み過ぎているせいで色が入らないという事があるそうだが…イメージ的にはそうなのかなと葵は思った。



遠目で分かり難いが倒れている少年は怪我をしているみたいだ。腕に血が付いている。葵は怪我をしていないがとんでもなく身体が疲弊しきっていてもがくが彼のもとに行く事が出来なかった。



「ハァ…ハァ…っなんでっ……うごっ…ハァ…ないんだっ……」
肩で息をするばかりでちっとも葵は前に…倒れている少年の元に行こうとしても行く事ができなかった。

{怪我している人がいるのに…僕は怪我しているわけじゃないのにどうして動けないんだよっ}
葵は言葉を発する事もうまくできないくらい疲労していて到底倒れている少年の元にたどり着く事が出来なかった。



{誰かっ…誰でもいいから助けてよっ}
そう思っている葵には遠くから聞こえて来た足音に対して、神様なんていないっ…なんて思っていてごめんなさいと思うくらい安堵の溜め息をついてしまった。


{彼の怪我を手当してあげて。あんなに血が出ているなんてきっと痛いよっ}
葵は人の怪我などに敏感な所があった。ただ手当てしなくちゃあんなに血が出ているそう思うばかりだった。徐々に足音が大きくなり声もたくさん聞こえて人の気配が近付いてくるのが聞こえた。



「なっ…なんだこれは…」
「すごい…死の荒野がこんなに」
「見てみろ!昨日まで干からびてひびまで入っていた泉が透き通るような水で満ちているぞ」
「やはり神子だ」
「神がこの地に豊饒を約束され神子を遣わせて下さったのだ」


遠くからたくさんの話し声が聞こえる。全く違う言語にも聞こえるのによく知っている言語にも聞こえる。不思議な感覚で聞こえてくる声だった。


「間違いない神子は死の荒野…いや豊饒の森に必ずいらっしゃるはずだっ。見つけて保護して差し上げるんだっ」
「「「はっ」」」



複数の足音が森中を駆け巡るのが葵にはわかった。まるで…自分自身が大地になったかのようだった。



{違うっ。そっちには誰もいないっ。こっちだ}
そう強く思うと何故か森が騒ぎ鳥達の鳴き声が葵の側で上がり始めた。まるで葵の思いが通じたかのように…。



「いたぞ〜〜〜!!神子がおられた!!」
倒れて怪我をしている少年の元に来た。



その声の主達はまるで中世ヨーロッパのような時代錯誤な恰好をしていたが大真面目だったので葵はあっけにとられるばかりだった。

 

 

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