◇ 暖かい氷の瞳  

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僕の体が不完全である事は誰よりも僕自身が分かっている。
同情して欲しいわけではない。


嫌悪しないで欲しいなんて言わない。
ただ…僕がそこにいるのに無視しないで。


嫌悪でも同情でも憐憫でもかまわないから僕を最初からいないものとしてみないで。


僕はそれだけで生きていると実感出来るから………


僕を僕として見て…






「…行ってきます」
家に向かって挨拶をしても返事が返ってくる事はない。


でも毎朝それを言うのが倉本 柳(くらもと やなぎ)の日課だった。とっくの昔に家族は崩壊してしまっている。

それでも柳が小学生頃まで危うい均衡ながらもかろうじて家族として成り立っているように見えた。



例え父に愛人がいても…母が精神病の為に病院にかかっているとしても…



母親も最初から病を患っていたわけではない。


父親も最初から愛人を作っていたわけではない。


柳の生まれた時からの亀裂を修正しようとして…無理を重ねた結果弊害としてそれらは現れたのだ。



中学に上がる頃に柳の事で…母親のすでに脆かった精神が…


…崩壊した。


母親は柳を我が子として一切認識しなくなったのだ。
結局父親もそんな母親や柳が手に負えなくなって愛人に子が出来た事もあって離婚した。


そして柳は今生活費と教育費をもらいながらの一人暮しをしている。小さなアパートでようやく生活できる程度ではあるがなんとかやっていけている。



でもそれではただ生きているというだけ…



結局は母には忘却の彼方に追いやられ父親には体よく捨てられたのだ。もう彼等の目には柳は存在しないのだ。

柳は部屋の鍵を締めて空を見上げた。今日の天気はかなり悪いようで真っ黒な雲が音も無く不気味に移動していた。


「雨…降るのかな…」
柳は空を見上げてぽつりと言葉をもらした。


それに反応したのだろうか雲の切れ目の当たりで帯電が起きていた。雷雨の予感がする。



それにも構わず柳は足を踏み出した。階段に足をかけようとしたあたりからぽつぽつと降っていた雨が急に勢いを増した。



「………」
それを気にする事無く足を踏み出したのがいけなかったのか…


彼は足を踏み外して階段を真っ逆さまに落ちてしまった。

 

 

 *