◇ 暖かい氷の瞳  

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気がついたら水溜まりの中に身を横たえていた。
「なんだ…死ななかったんだ…」
柳は目を閉じたまま呟いた。


別に死にたいなんて思っていたつもりはなかったが…
今回の事ではっきりした…柳は自分を無くしたかったのかもしれないと……


でもそう簡単にはいかないみたいだ。



そっと目を開けると目の前には普通ならありえない光景があった。



柳よりも遥かに大きな蛇が洞窟の岩を背にして氷漬けにされていたのだ。しかもよくみるとその氷の下には更に杭で岩に胴体を縫い付けられている。


そこまで強く拘束されているのに時折目や首が動いている事から生きている事が伺える。


「何?ここはいったい……」
柳は身を起こしてみた。


「…くっ!」
左足に鈍い痛みが走った。恐らく階段を踏み外した時に捻ってしまったのだろう。


「ちょっと腫れているけど…これなら歩けるかな…」
柳は自分のズボンの裾を捲くり上げて左足の様子をみた。


多少赤くはなっているがあまりひどい捻挫ではなかったようだ。左足を庇いながら立ち上がり氷漬けにされている大蛇に近付いていった。


青銀の胴体に細かく素晴らしい編み目模様が描かれている。柳を見つめるその目は赤いのかと思ったら琥珀色と緋色が微妙なグラデーションを描いていた。まるで水晶のような不思議な瞳。全てを見透かしているような瞳であった。


「綺麗だね」
蛇から返事が返ってくるなんて期待はしていない柳だったが思わずそう話しかけてしまうくらい綺麗だと感じたのだ。


今ではもう蛇の焦点は柳へと向けられている。こんなに大きな大蛇なのだから食べられる可能性もあるのに不思議と柳は怖いと思わなかった。



「それ…痛そうだね…氷も冷たそうだけど…せめて杭だけでも抜けないかな…」
柳は足を引きずりながら大蛇の側へと寄って行ったその間も大蛇の視線は柳を追っている。冷たくもなく温かくも無く…静観する瞳だった。


「氷がちょっと溶けたらなんとかなりそうだけど…」
柳は手を延ばして杭のあたりの氷に手を触れてそのままその当たりを手の平で撫でるようにした。




柳は無言でそれを続けた。




暫くすると柳の手から肘のあたりを伝って溶けた氷の水が下に滴り始めた。


「ん〜ちょっとずつだけど…溶けている…」
手の平は真っ赤になってしまったが溶けたという事で柳は嬉しくなった。


「…この手を足に当てたら一石二鳥だよね」
何となく柳の心がうきうきとしている。氷漬けの大蛇なんて思いっきり非現実的であるはずなのに…


それから柳は手の平で氷を溶かしては痛めた足に当て、手が温まったらまた氷を手の平や甲で溶かして…を繰り返した。


かなりの時間を使って柳は氷を溶かし続けた。柳の足元には水溜まりができ、柳の服も水を吸って冷たくなってしまっている。


でもちっとも気にならなかった。これで杭が抜けるといいなという事しか柳の頭の中にはなかった。

 

 

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