■ □ 幸せな村の愛の樹■ □ 

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「エディセルド。そんなにかばい立てするのならば、この者をそなたの伴侶にすればよいではないか?」
「王!!異界の客人殿の意見も聞かずにそのような事を!!」
センジハーが悲鳴のような声を上げた。


「その者の意見など聞く必要もなかろう。こんな小汚いのは貧民に決まっておる。ここで斬って捨てぬだけでもありがたい事ではないか。我を期待させて女性ではないなどと…!!」
また戻ってきた憤りを隠せないかのように王は吐き捨てた。


愛樹はこの言葉を聴いて微かに体を竦ませた。


しかし愛樹はこの無礼な王様に対して多少頭に来ていた。ふと自分の目の前に居る人の拳が白くなるまで握られている様子が見えた。愛樹は自分の事のように憤ってくれている事を嬉しく思った。


そう思うと少し怒りも薄れた。罵倒は嫌になる位聞いた事がある。いまさらこの程度で我を忘れたりなどしない。


「…今までよくその悪辣な心情を民に隠してくることができましたね。民の事をその様に思っているとは…っ」
声音は静だがエディセルドの声には憤りが滲んでいた。王はそれを鼻で笑った。


「王あっての国。王あっての民だ。粗末にはせんさ。そもそも貴様が邪魔だてしなければ儀式は成功したかもしれんのだ。」
儀式は魔法陣で王自身の血液を使って行うものだった。


単純だが数百年、数千年に一度しか成功しない儀式だ。少なくとも以前にこの儀式が成功したとされるのはもはや伝説に近い歳月が経っている。


「…あなたには既に国中から集めた情人が後宮に溢れるほどいるのにまた更に増やすおつもりか。この国の基本は生涯に伴侶一人のはず。それも決めずに好き勝手にしてその上異界の人間にまで手を出すのですか」
静かな声音でエディセルドは言ったが…王には届かない。


「成功しなかったのだからいいではないか。後宮にいる情人に飽きてきたからな、この国にいない伝説の女性を…と思ったがそんなものは結局存在しなかったのだ。その者はそなたにくれてやる。そなたは私の従兄弟でこの国の軍の将軍であるから咎めはせんのだ。それ以上は許さぬ」


そう、この世界には女性が存在しない。


だから王は文献にあった女性という稀有な存在を召喚させる儀式に踏み切ったのだ。

エディセルドはそれをセンジハーから聞き自分の手を魔法陣の上で切っている王の刀を己の手で握り取る事で阻止しようとしたのだ。

しかし儀式は行われてしまった。王もエディセルドも傷は残っていないが、本来ならいないはずの愛樹がここに召喚されてしまった。



エディセルドはそれ以上何も言わなかった。
「王にシェティー将軍…異界の客人殿も疲れておいでです。儀式が完全に成功したのではないにしろ彼にとっては遠い異界に召喚されたのです。休ませて上げてください」
センジハーは静かに二人に告げた。


「…」
エディセルドは自分のマントを外して愛樹の体に静かにかけてくれた。


「その者は汚くて見るにたえん。早急に王宮からでるんだな」
そういって王は振り返りもせずさっさと神殿から出て行った。しばらくしたらセンジハーも軽く目礼をしてその場を離れていった。


その後姿をみて無意識に緊張して強張っていたのだろう体から愛樹は力を抜いた。そして愛樹を労わるようにマントをかけてくれているエディセルドに恐る恐る声をかけた。


「えっと…エディ…セル…ドさん?ダメだよこんなキレイなマント俺なんかにかけちゃ。折角のものが汚れてしまうよ」
我に返った愛樹が慌てて逃げようとしたが将軍だと言われていた男から簡単に逃れられるはずもない。あっという間にマントで包まれてしまった。


「…すまなかったな。あんな聞くに堪えない罵倒を聞かせる為にこんな所まで呼んだようなものだ。王に代わって謝罪する。すまなかった」
そのまま愛樹は頭から足まですっぽりとマントに覆われて、それでも余裕があるくらいだからこの男の体格のよさがうかがい知れるというもの。


「いいんだ。気にしないで。汚れてるのはほんとだし…っくし!」
流石にずぶぬれのまま居たのはやばかったらしい。少し体が冷えたようだ。


「あぁ…こんなに濡れていたのに…すまなかった。私の配慮が足らなかった」
本当にすまなそうにいうものだからそんな事はないと言おうとして愛樹は顔をあげてその瞳に目を奪われた。海の色を凝縮したような深いネービーブルー。金と青銀の髪に良く合う色だった。


「気にしないで。濡れたり汚れてるのは俺の責任だから」
そういって笑うとエディセルドはほっとしたように表情を緩ませ愛樹を抱き上げた。


「うわ!!あ、歩けるよ!俺…っくし!」
動揺して声が裏返った上にくしゃみまで出てしまった。


ちょっと成人男性としては情けないと感じてしまった。

 

 

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