■ □ 幸せな村の愛の樹■ □ 

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「どうしてそうして欲しいのですか?」
儀式の間から離れて別室に移動していすに座って落ち着いてから再び話し始めた。


「ん…俺こんな他力本願な力じゃなくて自分自身でこの国の言葉に馴染みたいと思ったんです。…そして自分自身の故郷の言葉を忘れたくない。魔法の力を使ったら楽だけど…俺の大事なものや…大事にしたいと思うものを壊してしまいそうで嫌なんです。センジハーさんが何にも分からない状態の俺に言葉をわかるようにしてくれた事を感謝しています。…でもお願いできないでしょうか?」
必死に愛樹は話した。



「術を解除するのはすぐできますよ。……あなたはとてもしっかりした方ですね」
そういってセンジハーは感心したような笑みを浮かべながら話す。なんとなく彼に「優しいおじいちゃん」というイメージを愛樹は持っていた。



「エディセルドさん…ダメかな?……たぶん一番エディセルドさんに迷惑をかけてしまうお願いになるから…」
そういって愛樹は本当に心底申し訳なさそうにエディセルドを見上げた。


しかしエディセルドはしっかりこの地に馴染む為に努力を惜しまない愛樹にさらに好感を持ったし、自分がした事ではないが異世界から無理矢理こちらに呼び込んでしまった事を申し訳なく思っていた。


「かまわないよ。教師が私でもいいならな…そうだな、仕事にいかなくてはいけない時には他のものに頼む事になるが…愛樹がそれでいいのであれば私はいい事だと思うよ。賛成しよう」
そう言ってエディセルドは愛樹の頭を撫でた。


「はい!それでいいです!ありがとう!エディセルドさん」
愛樹はエディセルドに満面の笑みを見せた。頭を撫でられるという行為はまるで幼い子どもみたいに思われているようで照れ臭いがあまり撫でられた記憶がほとんどない愛樹としてはくすぐったくて恥ずかしくも…ちょっと嬉しかった。


「では…解きましょうか」
センジハーがなにかをつぶやくと人差し指と中指を合わせた先に初めて見た時と同じ淡い光が点るのを見た。その後に軽く額に触れられた。


「これで術は解除になりました。どうですか?故郷の言葉に戻っているはずですが…」
そう言ったセンジハーの言葉は全く耳慣れない最初の状態に戻った。


『はい。戻りました。ありがとうございます』
こちらが解らなくなったのだから相手も解らないと思ったが愛樹は言葉を発して、大きく頭を下げながら感謝の意を示した。



「…本当にいい子だ。楽な方を選ばず努力を選ぶとは…」
「そうですね。年齢的には漸く伴侶の儀式ができるぐらいのようなのに…何にも知らない世界でこれだけ気丈でいられるのが果たして大人でもどのくらいいるのでしょうか…」
センジハーも溜め息をつくように感心した。


ちなみに伴侶の儀ができる年齢とは13歳からである。愛樹が知ったら恐らく「この世界の人間がデカすぎるんだ!」と怒って拗ねた所だろうが幸い?愛樹にはまだ言葉の理解が出来ていないのでそれはなかった。



「センジハー殿、急な申し出を引き受けて下さり感謝します」
エディセルドはセンジハーに向かって軽く頭を下げた。


「そんな事をなさらないでくださいシェティー様。………正直今日ユキムラ様にお会いするまで相手の意見はどうなのだろうかという事や…何もしらない子どもに儀式をしてもよいのか…と断った方がいいのではと思いました」
そこで言葉を切って愛樹を見てセンジハーは軽く笑んだ。


愛樹には目の前で繰り広げられているやり取りを不思議そうな眼差しで見ていた。
「こんな綺麗で聡明な子を……あの王に渡してはいけないと思いました……ユキムラ様自身もあなたと共にある事を望んでいるようなので…あなたと共にある方がユキムラ様の為になるだろうと…大人の勝手なエゴでしょうがそう思ったのです」
そう愛樹に心配させないように苦痛を隠しているがその瞳には僅かに現れていた。



「何より生涯独身を宣言されていたシェティー様とそれを心変わりさせたユキムラ様を一緒にさせたかっただけかもしれません」
さっきの苦痛の表情をすべて取り払って、センジハーは少しからかいの色を含ませた笑顔を見せた。それを見てエディセルドは微かな苦笑を浮かべた。


「確かにこんな事があるとは私自身夢にも思いませんでしたよ。もともとアイキは特殊な状況があるから匿う為にした事ですが…愛樹の気丈さに救われた部分もあります」
そう言ってエディセルドは微苦笑を浮かべた。


愛樹を守る為とはいえいきなりエディセルド自身も伴侶の儀までするとは思いもしていなかった。それがエディセルドは最良と判断したが果たして愛樹にとって最良だったかは儀式を終えた今でも解らない。


…なんにせよ伴侶になったのだからエディセルドは自身の力すべてで愛樹を守るつもりだ。愛樹はこの世界において気付いていないが最大の味方をつけたといっていいだろう。


「センジハー殿、ありがとうございました。長時間にわたってお忙しいあなたを引き止めてしまった」
エディセルドはそういって愛樹を促しながら立ち上がった。愛樹は解らないながらもエディセルドの仕種に従って立ち上がった。



「いいえ。こちらこそユキムラ様やシェティー様にお会いできて有意義な時間を過ごす事ができました。」
そうしてセンジハーに見送られて再びエディセルドの屋敷に馬に二人乗りで戻った。

 

 

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