■ □ 幸せな村の愛の樹■ □ 

・・20・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「エディ、疲れた?もう寝るの?」
寝室についてベッドに降ろしてすぐ、きょとんとした愛樹の言葉に少し脱力してしまったのはエディセルドだ。


やはり愛樹は年齢的には成人ではあるが特殊な環境や自分の体などの事もあってそういう方面に少し疎い部分があった。


自分の身体が化け物といわれ続けていた影響もあるのかもしれない。自分がそういう対象になると思っていない所があるのだ。


「…そうだな…。愛樹も疲れただろう?アリクが張り切っていたからな」
エディセルドはベッドに降ろした愛樹の横に潜り込んで一緒に横になった。

さっきまでの衝動は幼さを滲ませる愛樹の言葉に沈静してしまっていた。だからいつものように一緒に抱き合って眠る体勢を整えた。


「んん…楽しいばっかり、そんな事、思わなかった」
「そうかならよかった」
エディセルドは自分に擦り寄ってきた愛樹の額にそっとキスを落とした。つい愛しくなってキスはしてしまったが、これ以上の性的な接触は愛樹がもっとエディセルド自身を思ってくれるようになるまでしないつもりだ。


愛樹がエディセルドに好意を持ってくれているのは間違いないだろうがそれが恋愛に繋がるものかどうか今の段階では分からない。
{どのみち3〜5年は待つつもりだったんだ。これから先も長い…だから焦る必要もない…}


「エディ…」
「なんだ?」
自分の胸元に顔を埋めるようによってきた愛樹が小さく声をかけてきた。


「オレ、嫌なったら、言って」
「愛樹」
エディセルドが何かを言おうとするのを愛樹は腕に力を込めて引き止めた。


「追い出しても、殺してもいい…殺す、嫌なら、猛毒をちょうだい。オレ飲む」
エディセルドは息を呑んだ。


こんな事を言う愛樹が悲しかった事もあるし…こんな事を言わせてしまった自分が許せなかったのもある。



「できたら、あんまり…苦くないの、いいな……………嫌になったら、言って。何も言わないで捨てないで。エディが言う、聞く…から…」
「それは約束できん」
エディセルドは一度愛樹を強く抱きしめた後に顔を覗き込むようにして少し身体を離した。


愛樹はもう泣きそうな寂しそうな顔をしていた。唇も小さく震えている。
「…どう……して……?」
「私が愛樹を殺せると思うのか?私が愛樹を嫌だというのか?そっちの方が私にとってはこの上ない苦痛だ」
「エディ…」
「私を信じてくれ、愛樹。伴侶の安寧…幸せも守れないような情けない男に見えるのか?」
愛樹は声もなく首を必死に横にふった。


「愛樹は私の家族だ。私に家族を失わせないでくれ」
そう言った途端に愛樹はぼろぼろと涙をこぼし始めた。ここに初めて来た時も、過去の話をした時も、一切涙も見せずに気丈に振舞っていた愛樹が初めてエディセルドの前で零して見せた涙だった。



「家族?……オレ……オレ…エディの家族?」
「そうだ」
その肯定を聞いた愛樹は堰を切ったように声を上げて泣き出した。


それをエディセルドは自分の服が愛樹の暖かい涙で湿っていくのも気にせずに愛樹が泣き止むまで抱きしめ続け背中を撫で続けた。



しばらく経つと愛樹は泣きつかれて眠った。


その間も愛樹の手はエディセルドの服を堅く握っていて離す様子もない。最もエディセルド自身が外させる気もなかった。指の腹でまだ泣き筋の残る愛樹の頬を拭う。


愛樹にとっては恋愛する相手云々よりも以前に人間を信じる事。家族を愛する事からが必要なのかもしれない。エディセルドはそう思った。


愛樹がこの小柄の身体の中で長年抱え込んでいた…あの悲痛な叫びを聞いてエディセルドは辛かった。できることなら過去を遡って愛樹を助けたいなんて叶いもしない思いを抱いた。


両親を失った後の境遇も愛樹の人間に対する不信感を強く植えつけてしまっているのかもしれない。


エディセルドは愛樹の側に誰よりも寄り添い、愛樹の心を癒したいと思った。自分が愛樹を愛しく思っているというのはもう疑いようもない事実だ。

ただ愛樹が安心して過ごす事のできる相手になりたいと痛切に思った。




事実もう愛樹がここまで気を許せる相手はすでにエディセルドぐらいしかいなかった。




「愛樹…ゆっくり眠るといい…」
そういってエディセルドは愛樹のまだ涙の後が残る目元にそっとキスを落とした。

 

 *