● ○ 勘違い王国〜どうして誰も気づかないのか〜● ○ 

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さら さら さら


夢うつつに葵は誰かが優しく髪に触れているのを感じた。それはこの世界に来てからも何度か経験したものだった。

明確にそれが夢なのかもしくは現実だったのかは分からない。それでもその感触はきっとジラルド以外にありえないと思ってもいた。最初は自分の願望が夢になって現れているのだと思っていた。

だが夢にもうほとんど意識を奪われながらもジラルドの気配を微かに感じる事は数える程度だがあった。その中で正直…葵がジラルドを慕う為に乗り越えるには大きな障害があった。


何度か…ジラルドの物ではない香りをその優しい指先に…逞しい身体に…感じたからだ。


主夫としてジラルドの家を切り盛りする葵としてはジラルドの持ち物も全て把握していた。だから彼が好んで使う香りも全て知っていた。

でもその香りに混ざりこむようにして…きっといい香りなのだろうが…葵には異質な物としか感じる事ができなかった。


でも…今触れている手からはただただジラルドの香りしかしない。

それだけで葵は安らぐ事ができた。きっと葵はこの家を…ジラルドの元を、離れていく時が来るだろうと漠然と思っていた。

ジラルドは今でこそ、この家を離れる必要はないと言ってくれているが、ジラルドももう24になるという。

そろそろ結婚を考えてもいい年齢のはずだ。今すぐに結婚するわけではなくても相手を探しておくのが普通だろう。少なくとも彼女を作っていてもおかしくはない。


葵は…その時に備えて今まで自分のこつこつ稼いできた裁縫によるお金を2割はジラルドが預けてくれているお金の中へ。そして8割はいざ出て行かなくてはならないときの為のお金として貯めていた。

結構たまっている方だと思う。正直そのお金がある事で安心できている所がある。ジラルドに迷惑をかけずにすぐに出て行けると。


もう一つ自分の容姿になんの力が働いたのかは分からないがこの金茶の髪に目になってよかったと思う。できればこの状態がジラルドから離れるときまで継続を確実にしてくれることを祈るのみだ。

まぁ根元から黒が全く出てこないのでちょっとその辺は安心しているところのある葵だった。


(僕が男の人しか好きになれないって分かったらジラルドさんは軽蔑するかなぁ…)
葵はジラルドがバイである事を知らない。

ただただ…この思いを知られたくないと思っている。この世界に来てから…毎日をずっと過ごしていく中で、優しくしてくれるジラルドに葵は穏やかにではあるが確実に傾倒していっていた。


身近にそんな風に親しく付き合える相手がいなかった事もあるだろう。今まで自分の性癖を知ってからは…いや知る前からも異性はもちろん、葵にとって恋愛対象である同性の側にはさらに寄る事がなかった。葵が両親以外の他人にここまで近づいたのは初めてかもしれない。


まどろみの中にいながらも葵は無意識に髪から下りてきて頬に触れているジラルドの手に顔を摺り寄せた。


この寝ている時だけの幸福をかみ締めながら。

 

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