● ○ 勘違い王国〜どうして誰も気づかないのか〜● ○ 

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ジラルドが振り返ると葵はじっと見つめていた。

そのあまりにも無防備な葵の表情を見つめる。

信頼しきったつぶらな瞳がジラルドを見つめる。


ジラルドはまた葵の唇に触れるだけの口付けを落とした。何度も角度を変えてジラルドは葵の唇に触れた。軽い音が二人の唇の間から聞こえる。それは性的な接触を感じさせるものではなく、まるで慈しむような口付けだった。

「………じ…ら…………さ…」
葵は回らない口でジラルドとの口付けの合間に名前を呼んだ。葵の身体はまだ思うように力が入らずジラルドの服の裾を掴む程度しかできていない。ジラルドは葵の声に答えるようにその大きな掌で葵の背を優しく撫でた。

ジラルドはこんなに穏やかな気持ちでキスをし、相手の身体に触れた事などなかった。その接触は初心者である葵にはとても心地よく幸せなものだった。


葵はジラルドがバイだとは知らないので、ただ男でも嫌悪感を持たないでくれる事が嬉しかった。態度に出したつもりはなかったがもしかしたらジラルドは葵の気持ちを知っているのではないだろうかと思った。

いくら隠しているつもりでも恋愛経験の豊富そうなジラルドはきっと気が付いてしまったのだろうと。葵はジラルドの葛藤など知りもしないのだからこの接触も弱りきっている自分を慰める為なのではと思っている。だからこれはジラルドの優しさの現われなのだろうと感じた。


実際は逆にジラルドは葵の気持ちが分からず、そして自身もどう接触したらいいのか分からず大混乱の淵にいたなんて葵は知りもしない。ジラルドも、そして葵もお互いに言葉が足りなかった。

お互いにこれは刹那的なものであると思い込んでしまっている。

だからこそジラルドは踏み込めない。だからこそ葵はジラルドに甘えきれない。そしてまた振り出しに戻るのだ。


でもこの日は違った。


お互いの垣根が今までになく緩くなっていたのだ。だからジラルドは一歩踏み込んでみる事ができた。そして葵もジラルドに素の表情を見せる事ができた。

葵はいつかきっとジラルドの元を離れていかなくてはならないのならこの日の思い出を大事にしようと思っていた。ジラルドも今なら無防備な葵は自分を拒絶したりしないだろうと、この先できないかもしれない接触を大事にしようと思っている。


これを発展させる事ができるのも、このまま終わりにしてしまうのも葵が疲労で今、動けない以上ジラルドにかかっていた。


ジラルドは葵を腕深くに閉じ込めるかのように抱きしめていた。葵も素直にジラルドの肩に頭を乗せている。

今のジラルドには誰かの残り香などない。もしあったとしてもそれは葵の移り香だ。


葵はジラルドの香りに包まれて幸せだった。


ジラルドの首筋に鼻でくすぐる様に触れる。ジラルドはその仕草にのどの奥で笑う。この葵の甘える仕草にジラルドはまた一歩踏み出る勇気をもらった。



「…一緒に…寝ようか」
ため息のような囁き声だが何一つ物音のしない室内ではそれで十分だった。


葵はその言葉に少し顔を上げてジラルドの顔をみる。静かな静寂。しばらく経つと葵は小さく頷いた。ジラルドはまた葵の唇に小さく唇で触れた。


そのままジラルドは葵を布団でくるみ、抱き上げて自分のベッドに連れて行った。葵が寝ているベッドよりもジラルドのベッドの方大きいからだ。

ジラルドは葵を寝せると「風呂に入ったら体を拭いてあげるから」と小さな約束をして浴室へと行った。ジラルドの後姿が浴室に消えると葵は小さく息を漏らした。


これは熱にうなされている自分が見ている苦しみから逃れる為の一瞬の幸せなのではないかと幸せの中の切なさを感じながら。

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