君を望む ◆  

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「…結局…昨日の行動は彼の気紛れだったのかな…」
翌日は休みだったので僕は家にいた。とりとめもなく昨日の事を考えた。


彼が自分のテリトリーである自宅に連れて行ってくれたことはとっても嬉しかった。でもいつものように抱かれて、僕の目が覚めたら帰る、がいつものパターンだ。ただ昨日はちょっと激しかったので僕の足腰が立たなくなってしまった上に、起きたのがすでに深夜と言ってもいいくらいの時間になっていた。

だから少し休んだら彼が僕の家近くまで送ってくれた。普段はそんな事めったにしない。

「気紛れ以外にありえないか…」
ふぅと僕はため息をついた。



「なんだぁ?まーちゃん。ため息なんか付いていたら幸せ逃げちゃうよ?そら幸せ戻した!戻した!」
後ろから声をかけてきたのは兄の藤崎 仁(ふじさき じん)。空気を掴み取るようにしながら僕の頭を撫でるのを繰り返していた。たぶん慰めてくれているんだろうなと思った。

普段おちゃらけているように見えて人の機微に鋭い兄の事だ。僕がちょっぴりブルーなのが分かってしまったのだろう。僕にそっくりなちょっとぼさついた髪も似ていない身長でも僕は兄の事が大好きだった。

「仁兄それで幸せ、戻るの?」
「そう戻るの」
にっこり笑ってくれる兄につられるようにして僕の顔にも笑顔が戻ってくるのが自分でもわかった。

「まーちゃん久しぶりにお出かけしようか?」
「お出かけ?」
「お兄ちゃんとデートしよう☆」
仁兄は突拍子もないところのある人だけれど僕の為にどこかに出かけようと言ってくれている事だけは分かった。だから僕は兄のことが大好きだった。

「じゃぁ仁兄の奢りね」
「うを!任せなさい!!ドロ舟に乗ったつもりで!」
「それじゃあ沈んじゃうじゃない」
ミニコントみたいなやり取りをしながら僕は兄と出かける用意を始めた。
さっきよりも自分の心が軽くなっている事を感じた。本当に僕は仁兄の弟でよかったと思う。



僕達は映画を見たり、買い物をしたりと街を当てもなくぶらぶらとして回った。仁兄と一緒にアイスを買って食べた。

「まーちゃんは…ピーチヨーグルトだっけ。一口ちょうだい〜」
「いいよ。僕も仁兄のココナッツミルク食べたい」
「んじゃ、交換ね」
「やった。はい」
「ほい。ん〜…爽やかで食べやすいね〜」
仁兄は受け取るとすぐに嬉しそうに顔をほころばせて食べていた。

仁兄といると本当に落ち着く。兄弟だからだろうか…仁兄の前では気を張っていなくてもいいのが僕にはちょうどいいのかもしれない。

「ココナッツミルクもおいしいけど…甘いね〜…」
「そうなんだけどね〜むっしょ〜に食べたくなるんだよ。これが」
仁兄は嬉しそうに笑いながら僕にアイスを返してきたので僕も仁兄にアイスを戻した。


その時ふと顔を上げたら…彼がいた。それも一人だけではなかった。友達?彼の表情がそれとは違うと告げている…誰だろう…彼はこちらを一瞬向いていたように見えたがその小柄な少年とその場をすぐに去ってしまったので僕には…いっそ幻覚だったのではと思えるくらいの短い時間の出会いだった。


「何?まーちゃん?」
「……なんでもないよ…」
すぐに仁兄は僕の様子に気がついて声をかけてきた。今までの楽しかった気分なんてすべて吹き飛んでしまった。

いよいよ…僕との暇つぶしは彼に必要なくなってしまったのではないだろうか…そうしたら…僕はどうなるんだろう…?

「……ま〜ちゃん…帰ろうか」
仁兄はやっぱり人の機微に鋭い。僕の様子に気がついて優しい声で促してくれる。

僕は口を開くと涙が零れてしまいそうだったので無言で頷いた。


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