君を望む ◆  

・・6・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その夜…僕は眠れなかった。きっとあんな場面を見たから明日には彼に別れを告げられるだろう。そうなったら僕には彼の側にいる事のできる術なんて無い。


「大丈夫…大丈夫…」
僕は自分に言い聞かせるようにして小さな声で繰り返した。


大丈夫、彼との思い出を今までたくさん作ってきたから。
それは僕だけの一方的な思い出だけれど…その思い出を作る事ができただけでも僕にとってとてもいい事だったと思える。


だから大丈夫。


「だいっじょ…ぶ…っ…ふっ…っ」
大丈夫、今は…涙を止める事ができないけれど…彼の前では絶対に涙を見せないから。

彼に何を言われても大丈夫。

耐えられる、だから…今だけでもいいから思いっきり泣かせて。

これから永遠ともいえる時間の間…ずっと彼を思って涙を流さなくてもすむように。

そしてなにより…彼の前で涙を流さないように。

大丈夫、僕は彼に笑って別れを受け入れるから。

大丈夫、せめて好きになってもらえなくても無関心でもいいから不快だと思われないように…。

大丈夫。僕はずっと涙を流しながら自分に『大丈夫』と言い聞かせつづけた。







「…あ〜あ…目が真っ赤で腫れてる…」
僕は結局寝る事なんかできなくて一晩中起きていた。

そんな事をした僕の目は悲惨なあり様になっていた。寝てない上に泣きまくったせいでものすごくみっともない状態になってしまっている。

僕は氷で目を冷やし続けた。


「大丈夫、大丈夫」
もう涙のストックが無くなってしまう位泣いたから僕は彼の前で泣いたりしないはず。

笑顔で彼からの別れを受け入れよう。

この目に彼は気がついて不快な思いをしてしまうかもしれないけれど…それは最後という事で許してもらえたらいいな、なんて思う。

甘い考えかな…。






「おい!!チビ!!!ちょっと来い!」
彼がいつものように僕を昼休みに呼びに来てくれた。

…ちょっとほっとした。

昨日彼がとても綺麗な子と一緒にいたものだからさすがに今日は呼んで貰えないのかもしれないと思っていたから。

ちょっと安堵のため息をついた。

でもいつもより彼の声が不機嫌そうなのが気になる。
やっぱり何か今日はあるのかもしれない。

「…うん、今行く!」
大慌てで机にあったものを片付けて僕が食べるには大きすぎる弁当を持って彼の後を追いかけた。




「…」
彼はいつもなら僕に声をかけた後は屋上にすでに足を向けているのに今日は何故か僕をまってくれていた。

ちょっと面食らってしまったが僕の姿を見た途端に彼はきびすを返してすたすたと目的の場所に向かうように歩き出したので彼の後を僕は小走りで追いかけていった。

いつもと違う行動にとても不安になる。何だろうやっぱり僕に何か言いたい事があるんだろうか?

いつもと違うドキドキとした思いを抱えながら早足に彼の後を追いかけた。

やはりどこか彼は様子がいつもと違う。確かに歩くスピードは早いのだがどう考えても僕について行ける程度の緩いスピードしか出ていないのだ。

なんだろう?これは。

不安で胃がキュウっと引き絞られるような気がする。

とうとう暇つぶしも必要なくなったのかもしれない。


僕は胃の当たりを抑えながらいつもの場所に向かった。

 *