◇ 暖かい氷の瞳  

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「本当にこいつの我が侭のせいで君には多大な迷惑をかけた。必ず元の場所に戻すのでそれまでここで一緒に暮してくれ。生活の支援は全面的にワシたちがさせてもらう」
そういって深々とオーガスタは頭を下げた。


こんな風に随分年上の人に頭を下げられた事など経験にない柳は当然焦った。
「そんな…えぇと顔を上げてください。…あの…また召喚術というのを使って元の場所にすぐ戻れるのではないのですか?」


取りあえず年上の人にそんな風に頭を下げられるのは居たたまれないので顔を上げてもらう事にしてさっきから必ず元の場所に戻すと言いながらここに滞在するように勧めている事に矛盾を感じて柳は聞いた。


「…お恥ずかしながら…同じ世界での中でならすぐに、もとの場所に戻す事は召喚術を使えるものであれば、そんなに難しい事ではないのだが…次元の違う異世界へ戻す事はきちんとした手順を吟味していかないと、とんでもない空間に出てしまう事もありえるのだよ」
顔を曇らせるようにしてオーガスタは話している。


それを聞いて気になった柳はまた質問をした。
「とんでもないって…?」


「さらに違う次元に飛ばされてしまったり…運良く同じ世界に行ったとしても、違う国だったり、山の中だったり。最悪の事態になれば海のど真ん中に放り出されてしまう事もある」
言いにくそうなオーガスタの可能性に柳は顔を顰めた。


違う国に行くのも怖ければ山や海に放り出されても柳にはそれを突破できるほどの能力があるとは思えない。サバイバルなんて絶対に無理である事は間違いない。


リィズウェルの元についたばかりの時も死んでいたかもしれないと思ったが、いきなりこんな事を言われれば…正直あまりいい気持ちはしなかった。


「…お茶どうぞ」
リリアナはさすがに神妙な表情になってしまっている柳が心配になってそっと冷たい飲み物を差し出した。


柳はそれを小さく礼を言って受け取って全部を飲み干し、一息ついた。流石に柳のそんな様子をみてとんでもない事をした実感が湧いてきたのかデイビットの顔が少しずつ強張り始めている。


きっと彼にとっては子どもが新しい玩具を買ってもらって嬉しくて仕方がなく色々な方法を試してみたりする事の延長程度の事だったのかもしれない。


だが彼に能力がある分その気持ちは他人にとって刃になりえる事を魔術師である以上理解しておかなくてはいけなかったのだ。


「…すみません…動転してしまって………気持ちの整理がつかないんです……」
柳にとって今日という日は本当に目まぐるしく環境が変わっていったので身体も心も休息を欲していた。


「そうね…きっとそうよね。また少し横になった方がいいかもしれないわ」
そういってリリアナが母親らしくそっと柳を横たわらせて布団をかけた。
「………はい……」
そしてリリアナは無言で自分の夫と息子に退出するように目で訴えた。彼らも柳の様子はよく分かったので無言で部屋の外にそっと物音を極力立てないようにして外に出て行った。


その後リリアナは柳の様子を伺って静かにでていった。

 

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