◇ 暖かい氷の瞳  

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「今日からここがあなたの部屋になるわ」
リリアナが案内してくれたのはさっき柳が寝ていた客室だった。


「…ん〜客室だったからあんまり物を入れてなかったのよね。まぁそれはこれからふやしていけばいいんだもの。服は…デイビットの昔の物を引っ張り出せばしばらくはもつわね。何か必要な物があったら遠慮なく言ってちょうだいね」
ここの家は一軒家でそれなりに大きい。現代風にいったら7LDKぐらいはあるのではないだろうか。


魔術師というのは案外儲かる物なのかもしれない。しかしすぐにここを離れてしまうかもしれないのに部屋に色んな物を増やされてしまっても何の恩を返すあてもない柳にとっては困惑するばかりだった。


「そんな…寝る所も…食事とか生活に必要な物をすでに充分用意してもらっています。服もデイビットさんに貰うなんて…そんなの返ってご迷惑になってしまいます」
柳は恐縮したがそんな事で怯むような主婦リリアナではなかった。


「何言っているの!デイビットのお下がりなんてもう使い道もないんだから使っても構わないわ。それにこの家で生活する限り私たちはあなたの家族よ。この世界での父と母と思ってくれてかまわないわ」
リリアナは母としての力強い笑みを見せてくれた。


「家族…」
「あぁ…もう、だめね。私ったら…。召喚術は召喚されるほうにとっても体力をかなり消耗するというわ。さっきもたっぷりと寝たけれど…もう寝た方がいいかもしれないわ。身体に何か支障がでたらいけませんからね」
リリアナはお風呂の仕方などを説明してデイビットの服を出してきてくれた。


柳はそれに素直に甘える事にした。リリアナが言う通り今日はまだ身体がだるいような気もするのでさっき起きたばかりのような気もするが寝てしまう事にした。


風呂を貰って服を着替えて布団に入ると寝られるかなというのは杞憂に終わった。柳はまたぐっすりと眠り込んでしまった。




翌朝起きると足の痛みはかなり引いていた。きのうリリアナが貼ってくれた薬草が効いたのだろう。昨日よりも歩くのが楽になったのでリリアナが出してくれていたデイビットのお下がりを着て部屋を出た。そして昨日食事した部屋に行った。


そこではもうリリアナが朝食の用意をしていた。そこに…見知らぬ人が居るのでもしかしたら隣人が訪ねてきたのかもしれない。なので柳は話が終わるまで待つことにした。


「一昨日はいい具合に雨が降って貯水もどうにかなったわ」
「そうなのね。作物も今年はまた豊作になるかしらね?」
隣人は恐らく農家の人間なのだろう。取れたてと見える泥付きの野菜のかごをリリアナが抱えているのが見えた。


「また新鮮なものが取れたら持ってくるわ。毎度あり〜」
「お願いするわ。ありがとう」
しばらくすると、そう言って主婦達の話は終わったようだ。彼女は野菜売りの人間であったのかもしれない。


「あら…ヤナギさん起きるの早いわね。おはよう」
「おはようございます」
リリアナは後ろを振り向いた時に柳を見つけて驚いたように挨拶をしてきたので柳もそれに応えた。


「ごめんなさいね。つい話し込んでしまってまだ朝食の用意できてないのよ。うちの人達が起きるまでまだ時間があるからねぇ」
ねぼすけで困るわ〜なんてリリアナは恥ずかしげに言っている。


「…何かお手伝いします」
「あら、いいのよ。そんな気を使わなくても」
そんな事言われるなんて思っていなかったのだろう。リリアナはビックリした様子を見せた。


「いいえ、ここでお世話になるのですから。それに一人暮しをしていたのでしてもらうばかりでは慣れないのでさせてください」
柳の一人暮らし歴は結構長い。その間は自分でしないと誰もしてくれるわけではないので必然的にせざるをえなかったと言えるだろう。


食事もコンビニなどの味の濃いものには慣れる事ができなかったので自分で食べる程度には柳はできる。だが…人にそれを出せといわれたら躊躇う部分はあるかもしれない。


「まぁまぁまぁ!嬉しいわ〜この家でそんなセリフを聞く事ができるなんて!それじゃあお言葉に甘えてお願いしようかしら」
リリアナは柳につい先程受け取った新鮮な野菜を洗いサラダにする事を頼んで、自分はスープの用意を始めた。


柳は黙々と野菜を洗ってナイフで切った。複数の人の食事を用意した事なんて皆無なので少しくすぐったいような気分になってしまった。

 

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