◇ 暖かい氷の瞳  

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その後二週間が経った。それからも作物の為に色々とオーガスタ達三人は気を配っていたが、順調に育っていたと思われた作物がどんどん萎れていってしまった。


「う〜ん…このままじゃぁ今年は凶作だな…」
オーガスタは難しい表情を隠す事も無く萎れて枯れてしまった作物を手に持っている。柳もそれを悲しい思いで見つめた。デイビットは空を見上げている。…雲ひとつ無い。


「完全に干ばつしてきているな…」
デイビットはまるで空を睨んでいるかのような表情で見上げている。


「…水不足って事……?」
柳にも分かっていた。



どんどん泉の水が減っていっている事を。



ついこの間見に行ったらほとんど泉の中には水は残っていなかった。あの透きとおるような美しい泉の姿の面影さえ無かった。


このまま雨が降らなかったら作物どこか人間の飲み水すら無くなってしまいかねない。もちろんこれまでもずっと節水に努めてきている。


ここの人達は元の世界と比べるのも申し訳ないほど水を大切にしている。それでも夏という事もありどうしても泉の水の蒸発は免れない。


まだ井戸はどうにか大丈夫では在るが人間の飲み水や生活用水を補ったら畑に回す余剰分は全く無い。


「そうだな…」
オーガスタは萎れて枯れてしまった作物をそっと畑に戻した。


「ワシは今日いまから街の会合に行く。これ以上今日は畑に何かをするのは無理だろう…お前達も家に戻っていなさい」
「水不足の話か?」
オーガスタはそう聞いてくる息子の目をみた。


「そうだな。また準備もあるかもしれんからお前は家で待機していなさい」
「…わかった」
柳には二人のやり取りは全く分からなかったがこれからこの畑の状況や水不足について話し合うのだろうという事は分かったので黙って彼らの意志に従う事にした。



「そう…やっぱりこうなってしまったわね…」
デイビットと二人で柳が戻るとリリアナは何も言わなくても察してくれたようだった。この街に住む以上その問題が分からないはずもない。リリアナも重いため息を付いていた。


「ただいま」
オーガスタがようやく会合から帰って来たらしい。柳も顔を上げた。


「あなた…おかえりなさい」
「おかえりなさい」
「父さん、どうなった?」
デイビットが待ち兼ねたかのようにオーガスタに話し掛けた。その様子を見ればデイビットもかなり気にしていた事が伺える。


「やはり…祭りを行う事になった。執り行う日にちは明後日だ。ワシは今から用意に向かう」
オーガスタは簡単に事情を説明し終わるとまた出掛ける用意を始めた。


「父さん。俺もついていくよ」
ささっとデイビットも用意を始めてしまったので柳は戸惑ってしまった。自分も行くべきなのか…それとも待機しておくべきなのかと…少し柳は椅子から立ち上がる体制で止まってしまった。その様子を察知したのかオーガスタは柳にも声をかけてきた。


「ヤナギ君。君はここにいなさい。また何かあれば話しをするから…」
「…はい」
柳はこれをいつものオーガスタによる好意故のものだと思っていたがそうではなかった。もっと違う理由があったのだ。


「俺も行くんだから大丈夫だって!」
デイビットが柳の頭をぐりぐりと撫でるようにした。まるで柳の気を落ち付かせる為にしているようだった。


「また行ってくる。もしワシ達が日付の変わる時間まで帰ってこなくてもきちんと寝ておきなさい。また明日も駆り出されるだろうからね」
「…そうね…明後日じゃあ時間がないものね…わかったわ」
「僕に手伝える事があれば何でも言ってください。頑張りますから」
柳の台詞を聞いてオーガスタはその大きな手で柳の頭を撫でた。


柳より長く生きてきた人間の深さを感じさせる手の平だった。固くけして柔らかいと言えないこの手がとても優しく感じた。
「ヤナギ君は本当にいい子だ…」
それは本当に深い深い思いの篭った台詞だった。


「いってらっしゃい」
柳とリリアナは二人を玄関で見送った。


二人は足早に夕方の日が暮れてしまう寸前の街の中へと消えて行った。

 

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