◇ 暖かい氷の瞳  

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「ようやくお主の術もとけたのだのう…」
「…長老……」
リィズウェルは数日後あの洞窟の屋敷に柳を置いて聖獣の首長とも言えるべき人物に会いにきていた。


その人物は薄い紗が途中まで下りていて片膝を付いているリィズウェルからもはっきりと全貌を見ることはかなわなかった。しかしその声は何よりも重みがありリィズウェルといえども自分はまだまだ若造でしかないのだろうなと感じざるを得なかった。


「少し灸をすえてやるつもりでしたが…どうやらおぬしには思いのほか効果的だったと見える」
ほっほっほっと軽い笑い声を上げる長老にリィズウェルは何も言い返さなかった。
「少しは大事なものを得ることの大切さ、大事なものを失うことの辛さを知る事ができたかの?」
「……身にしみて感じざるを得ませんでした……」
思いのほか自分の声に感情が滲んでしまったことにリィズウェルは苦笑した。この人の前では何も取り繕うことはできないのだと思うしかなかった。


リィズウェルは氷漬けにされる以前は伴侶を得る事をどちらかというと馬鹿にしていた。種族を問わずわざと相手のいるものを狙って遊んだ事も数え切れないくらいあった。無理やりなにかをするような事はなかったがまるでゲームのように心を弄んだ事は間違いない。

それによって心を傷つけ心の病にかかってしまう者も出てしまうに至ってはさすがに長老が動いた。

それが聖獣の伴侶にまで及んだからだ。

その者達は別れる事は無かった同族にまで手を出すようになってはさすがに黙って見ている訳にいかなくなった。


その為リィズウェルは長老に『お主が何よりも大事な者得た時が罰の終わりじゃ』と言ってあの洞窟に封印されてしまったのだ。

どんなに暴れてもその封印は溶けることはなく諦めにも似たような心境になった時に柳が現れたのだ。さすがにいきなり目の前に魔術で現れた時は驚いたがしょせんはちっぽけな人間。する事を静かに観察していたがその心に小さな火がともった事は間違いなかった。


「ほっほっほっ。今度そこまでお主を改心させた者を連れてくるがよい」
「…申し訳ありません。……私の過失の為……連れてくる事はかないません」
リィズウェルは顔を伏せたまま告げた。正直自分の罪に向かい合わなくてはならないこの言葉を出すのは辛かった。しかし、以前の自分の行いを思えば仕方の無いことだった。


「……大火傷でもしたのかの?」
「!!…やはりご存知でしたか……」
静かな長老の声にリィズウェルは隠し通せるものではないと思っていたが思わず顔を上げてしまった。


「国ひとつが消し飛ぶほどの怒りを感じたからの。まぁ…あの国は一度、滅する予定にあったからの」
「あの天災は…その為でしたか…」
「異常発達による魔力の流れが不穏であったからのぉ…その為そなたの伴侶となるべきものがあちらに飛ばされたのじゃろ。天災はなるべくして起こったものじゃそなたの伴侶のせいではない」
「承知しております…」
リィズウェルは静かに目を伏せた。


「ともかく…愛しい伴侶殿からいつまでもお主を取り上げていてはいかんな。いずれ心が決まったときでよい…二人で尋ねてまいれ」
「…はい…いずれ必ず」
リィズウェルは深く礼をすると音も無くその場から消えた。




「ほっほっほっ…よほど心配だったと見える…」
「…意地の悪い事をしていると会えませんよ…?」
涼やかな声が長老のいる紗のかかっている更に奥から聞こえて来た。

「おぉ…我が伴侶殿…」
衣擦れの音がする。おそらく長老の座っていた長いすの片隅にその伴侶が座ったのだろう。


「…私は会ってみたいのですからウィルの伴侶に…」
「そうだのう…いずれ会えるであろう…」
二人は穏やかに若い者達の行く末を案じた。

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